こんにちは!今回はただの徒然日記です。
突然ですが、夫婦の価値観の違いってみなさんありますか?私は大なり小なり全夫婦にあると思っていて、だって元々赤の他人、一緒に住んで家族を作っているのは我慢の連続で奇跡の所業と思っているのですが、たま~~に相いれないなという価値観に遭遇する時があります。
最近起きた事としては、募金に関する考え方の違いに関して。
私は社会課題(特に国際)に対しては割と自称リベラル寄りで、世界はまだ仲良くなれる(というより仲良くする努力ができる)そのための協調は必要・個人の力も大事だと思っている人間なのですが、夫は全てにおいて諦め型で結局パワーによって世界が動くから、個人が何をしても無駄という考え。(リベラリズムvsリアリズム規模の話ではないです汗)
政治的思想の違いとまでは言わずとも、何となく世の中のニュースの見方に関しても、自分事or他人事で捉える考えの差があるので、相手に自分の考えを押し付けるつもりは毛頭ないけど、発言にちょっとイラっとすることもたまにあります。
そんな中、先日娘と我々の三人で駅前を歩いていた時に、ボーイ/ガールスカウトの小学生ぐらいの子供たちがユニセフの街頭募金を行っておりました。
私は小さい子供が募金活動をしていると、微々たる額ですがお金を入れるようにしているのですが、それを見て夫は「そんなの意味ないよ」「そのお金、結局団体のえらい人にいくだけで、アフリカの子供たちにはいかないし、さっきの立っていた子供たちにも全く入らないよ」とか言うのです。
き~~~~~~~~~~~~~!!!!!!
んなこと分かっとるわい!!!!!!!!!
そんな私が入れた100円(やすいw)が、まるまる世界の困ってる子供たちに届くなんて思ってないわい!!!!!!!
って思ったのですが、そこはニッコリそうだよね~~って流しました。(大人)
『募金する=偽善者で世の中の仕組みが分かっていない人間の行い』って言われたようで非常にイライラしました。でも、じゃあ何故自分が募金をしたのかを考え直すと、自分の行動原理としては以下の内容だなって思ったのです。別に誰かのためになるなんて思ってない(100円じゃむりよw)けど、微弱ながらもたまに募金をする理由を自己分析した結果がこちらの4点です。↓
①単純に困っている人に何かしたい
今回の募金が単純にユニセフだったのもありますが、例え自分の少額がその方々に届かなくとも、その人達に1円、1セントでも何かしら届いたら良いなという単純に『困っている人のために何かしたい』という動機。
②募金を募っている・実際に活動されている方々への労いの気持ち
街頭募金にお金を入れるときに、正直大学生とか大人の方が立っているときはあまり募金はしないのですが、子供が立っているとその子供たちに『こんな大人もいるんだよ』&『世界を良くしようという気持ちで、立ってくれてありがとう』の労いの気持ちも含んでいます。
私も昔ボランティアに傾倒していた時代があって、駅前での募金活動に立ったことがある側なのですが、"募金を入れてくれる方がいる"ことで、募金を募る側も嬉しいし、世の中以外と優しい人がいるんだなって思った記憶があります。なので、子供たちにこんな大人もいるよ&誰かのために頑張ってくれてありがとうの気持ちも少しだけ込めています。
ちなみに最近って学生のボランティア団体って駅前で募金活動とかするのかな?コスパ悪いし(言っちゃった)、啓もう活動も兼ねているとはいえ、今の若い子のボランティア活動の主戦場はどこなのでしょう。。
③自分の徳を積むため
昔読んだ『夢を叶えるゾウ』で、確かコンビニ横の募金箱でもいいからお釣りを募金すると自己肯定感が上がる…みたいなことが書いてあった記憶があります。
私はうっすらだけどこの部分に結構共感して、『なんもできない人間だけど、100円誰かに募金した!』ってのが徳を積むではないけど、『なんか良いことしたな~』って思うことが小さな自己肯定感とちょっとした幸せに繋がる気がしています。だから別に本当に困っている人に届こうが届かまいが、募金は自分のエゴのためでもある!
④娘に"他者を思う気持ち"を考えるきっかけになってほしい
これは少々飛躍かもですが、私が募金をする姿をみて、『ママ何してるんだろう?』って考えるキッカケになれば良いなとも思っています。逆をいうと娘の前だから今回募金をしたのもある(笑)
駅前の募金活動なんてスルーすることもできるけど、敢えて立ち止まる、『この人たちは何でここで立って募金を募ってるんだ?この活動の先には何があるんだ?』と考えるキッカケになれば良いと思うし、募金することは別に偽善でも恥ずかしいことでもない事なんだよ!って、娘にはこの行動(募金)に対する精神的ハードルを下げてあげられたらなと思います。
…って募金すること前提だけど、どんな高見から社会を見てるんだって書いていて恥ずかしくなりました…高々100円レベルなのに。(爆)
以上の4つが、駅前募金をして夫に"無意味"と詰られたからこそ思ったことでした。
ちなみに私の自身のボランティア傾倒時代は、学生~20代後半まで実際に色々と活動していたし、社会人になってからは某NPOのマンスリー会員でずっと定額を募金していました。ですが、ある時からボランティア=やりがい搾取・与えてばかりで何も返ってこない(普段はしがないOLなので月額数千円でも何年も続けると大きくて…)がしんどくなって、30歳を前にボランティア関連は一旦足を洗いました。
途中で投げ出した罪悪感もあってか、誰かが簡単には解決できない問題に対して、募金であったり頑張ったりしていると応援したくなるし、ボランティアで自分の時間を削ってやっている人を見ると『ありがとうございます』っていう気持ちにもなります。世界はどうして仲良くできないの?の本もあるけど、関心を向けることが大事、けど関心を向け続けることも難しい。お金だって労力だって有限、まずは自分の生活が第一で、その上で少しだけ誰かに優しくできる心の余裕があったら良いなとこの記事を書いていて思いました。
突然の長い自分語り失礼しました。
何の話やっけ・・・つまり、「夫とは価値観の衝突も間々あるけど、何故相手の考えを受け入れられないかを考えてたら、こんなに色々思いついたのであります!」な記録でした。(なんやその雑なまとめ。)
今日はこの辺で。ではでは~。